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『ずっと一生忘れない』 ~平尾博嗣インタビュー後編

2012/ 10/ 23
                 
(2012年10月23日放送 文化放送 LIONS EXPRESSより 斉藤一美アナです)


異次元で微笑むアーチスト、キング中村剛也内野手、おかわりくんですね

彼が左ひざの検査を受けました

その結果、前十字じん帯の損傷、

外足半月板損傷と診断されています

左ひざ痛いのはわかっていましたが結構重かったですね

あさって埼玉県内の病院でじん帯の再建、半月板の修復、

2種類の手術を受けることになりました

今この時期にすませておけば開幕に間に合うであろうという希望のもと、

大きな決断に踏み切った形ですね

中村剛也選手もともとひざ関節が緩いタイプなんです

ちょっとしたことでズレてしまうことが多いんですけど

今年6月のDeNA戦、ファーストの守備でバントシフトのダッシュをかけて急ブレーキをかけた時に痛めたのがきっかけなんですね

そこから痛みを抱えつつ、プレーを続けてく中で

ダイビングキャッチを阪神戦で試みて今度は左肩甲骨の奥の筋肉を痛めて登録を抹消してしまいました

およそ1ヶ月のリハビリを経て1軍に復帰した頃、

左肩はほぼ大丈夫になっていたんですが実は左ひざがいつまで経っても万全ではなかったんですね

そして左ひざ痛が癒えないままシーズンを終えたというわけです

中村剛也選手の左ひざが万全であれば、

サード中村、ファーストオーティズで

指名打者として勝負強いクリス・カーターをレギュラーメンバーに配置させることができたんです

ただ現実はその後ほとんどがDH中村、カーターは代打の切り札としてここぞというチャンスの1打席勝負にかけざるを得なかったんですね

打つだけでいい、守る必要のない指名打者、一見楽ちんに思えるんですが、とんでもありません

「試合の中でのリズムがとれない」って言うんですよね

打って、終ったら守って、その後打ってということの繰り返しがバッターボックスにもいい影響を与えるということが

スラッガーそして、アベレージヒッターであればあるほど、あるらしいんですよね

中村本人も「ほんとは守る方がいいんですよ」といつも言ってるんですけども

どうりでHRが27本で終わってしまうわけですよ

昨シーズンが48本だからほぼ半分

「今年は55本を狙うと言っていた割には…」ということで

本人が「恥ずかしい数字です」と言ってるもののHR王獲っちゃったんですから

CSでも1本打ってますからね

08年、09年、11年、12年、5年間で4回のHR王は

パ・リーグでは野村克也さん、中西太さん以来3人目という快挙でもあるんです

獲れなかった2010年も右ひじの手術をして途中離脱

いればT-岡田の33本ぐらいは多分上回っていたであろうという25本

5年連続も夢ではなかったんですよ

それぐらい異次元でHRをかっとばし続ける男、

ぜひとも身体を万全にして2013年のシーズンを迎えていただきたいなと思います

さて、昨日に引き続き平尾博嗣選手のインタビューをお送りします


・最初から最後まで西武ライオンズという球団にいたわけではなく、阪神タイガースという大阪の人気球団で
まずプロのキャリアをスタートさせて、2球団経験したということは大きかったんじゃないですか?

「僕にとっては最終的にはライオンズで12年お世話になって

タイガースより長い年数を地元で最後終わらせていただけたし、

ああいう盛大なセレモニーもやっていただけたので

素晴らしいことなんですけど

でも僕のプロのスタートはやっぱりタイガースなのでそれはもちろんタイガースの方にも感謝しないといけないし

タイガースファンにも感謝しないといけないし

タイガースの時はライオンズの時よりも成績も残せなかったし、

全然陽の目に当たると言うか、自分の中で納得したことは全然できなかったんですけど、

その時代があっての、ライオンズでの功績というか、

優勝にも参加させてもらいましたし、

そういうのが自分の中であると思うんで

もちろんライオンズでの12年間はものすごいいい思い出ですけど

タイガースの苦しい7年間があってのことなので

僕はほんとによかったと思いますね」


・甲子園をホームにするという、プロ野球選手としての経験はやっぱり得難いものがあるんじゃないですか?

「高校野球とは全く別というか、常にそこでできるわけですからね

言い表せないですね、はっきり言ってあそこは」


・そこでプロ野球選手としての度胸みたいなものが培えたのではなかろうかと思います

「もちろんそうですね、へへへ

ヤジもすごいですし、街歩いててもすごいですしww」


・あはは 街歩いてても?!

「打てない時は」

・なんて言われるんですか?

「いやもう『練習しろ』って言われますよ

そういうのもありきの、ことだったので、

ライオンズ移って来てからは肝は据わってましたね」


・あははは だからベンチでど~んっとしてらしたんですね

「もちろんそうですね

そういういろいろ声援から罵声から雰囲気からを経験しての移籍だったので大丈夫でした」


・ライオンズに来て、大きな怪我もされました たくさん苦しいこともありましたけど
ファンの声援は大きかったですね、最初から最後まで

「もちろん まぁタイガースと違ったね、またすごい素晴らしい応援をいろんな方にいただいて

ファームにいる時もね、いろいろ声かけてもらったり、応援してもらったりとね

地元ということもありますし、温かくというか、

いつも大きな声援でね、

たまにしか出なかったですけどその時もすごい大きい声援をいただいて

僕はそれはず~っと一生ですね、多分忘れないと思いますね」


・学園天国が西武ドームで聞けないと思うと寂しくてしょうがないんですよ

「いやいや、誰かに流してもらいますよ、そのうち」

・ほんとですか?

「へへへ わかんないですけど」

・もう譲り渡す計画はできてますか?

「はははは 自由に、やってもらって、全然やってください」

・全ての内野のポジションで一番思い出深いものはどこかと記者会見でうかがった所、
『ベンチです』とおっしゃてましたけど、あれ本音ですか?

「そうですね やっぱりベンチが一番心地よかったですねぇ」

・あはは ほんとですかぁ?

「野球選手としては失格な意見ですけど

僕の中では100点の意見だと思います」


・そうやってしっかりと試合に向けて準備して、チームに貢献してきた日々があったわけですもんね

「もちろんね、そういういい場面で使ってもらってる監督のおかげでもありますし、

そういういい場面を作ってくれるチームメイトのこともありますし、

その時に応援してくれるファンのおかげとか

決してそういういい場面で僕だけがっていうことではないので

それはずっと皆さんのおかげっていうのはもちろん常にありますね」


・じゃあファンのみなさんへ一言ご挨拶いただけますか?

「12年間ライオンズでお世話になりまして、その間ファンの方々にも温かい応援をいただいて、

すごく感謝しております

これからはまだどういう形になるかわからないですけども、

お世話になった分少しでもいろんな方面で恩返しというか、

僕も勉強しながら頑張っていきたいと思いますので

また皆さんとご一緒できるように頑張りたいと思います」



最高のチャンスで学園天国がかかると盛り上がるわけですよ

平尾選手が

「この曲を聞きながらゆっくりと身支度を整えて打席に向かう時は

大体、打ちます

聞かないであっという間に打席に立った時は気分が乗ってない時なんで

打てないと思っててください

それはそういう状況の中で起用されたかそうじゃないかって違いがあるんです

ほんとはそれじゃいけないんですけど」


と話してくれました

得難い人材でした

これからどんな形でもいいからしゃべっていただきたいなと思いますけどね

学園天国、私は片岡易之選手に伝授をすることを希望します

一番合ってるような気がするんですよね、彼がチャンスの時にこれで入ると一気に西武ドーム盛り上がってくれるのではないかと思います

明日は12年の現役生活に別れを告げました、頭脳明晰、佐藤友亮選手のインタビューをお送りします

おわり
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